テスト投稿してみるよ2

これは2番目のテストとうこうだよ

どうやろな?

 

repeatrepeat.hatenablog.jp

 

2つ目は水曜日に必ず行ってしまう。夢の中で眠ると現実では起床となる。 3つ目は明らかに現代日本なのだが、会う人の言動・行動がおかしい、不気味。 これは一体何なのだろうか。「物凄い違和感のある夢」そんな認識を持った頃から1年程度経つだろうか。最近では、その夢の中で体感する時間が長く、6時間睡眠した場合でも、夢の中では体感で48時間くらいの時間を過ごしている。すごく時差を感じる。

尋ねる人たちの夢 - repeatrepeat’s diary

 


Pay Money to My Pain - This Life (Sub Español)

 

 

 

テスト投稿してみるよ

テスト投稿です

こちらはテスト投稿になります

 

尋ねる人たちの夢

夢のようなリアルのような

夢という事は間違いないと思うのだが、どうも様子がおかしい。

何がどうおかしいのかと言えば、3点挙げられる。

1つ目は通常の夢とリアリティーの度合いが違う。ほぼ現実である。

2つ目は水曜日に必ず行ってしまう。夢の中で眠ると現実では起床となる。

3つ目は明らかに現代日本なのだが、会う人の言動・行動がおかしい、不気味。

これは一体何なのだろうか。「物凄い違和感のある夢」そんな認識を持った頃から1年程度経つだろうか。最近では、その夢の中で体感する時間が長く、6時間睡眠した場合でも、夢の中では体感で48時間くらいの時間を過ごしている。すごく時差を感じる。

尋ねる人たちの夢

中でも一番苦手としている夢の話を書き記したい。

僕はそれを「尋ねる人たちの夢」と勝手に名付けている。

とにかく気持ち悪い世界なのである。現実で眠りにつくと、夢の中ではバス停で起きる。毎回違うバス停なのだが、いつも必ずどこかしらのバス停だ。

そして、バスが来るのだが、ここから不気味な世界は始まる。

降車する人々が全員質問を投げかけてくるのだ。そしてその人達同士が質問を投げかけあっているのだ。これが本当に気持ち悪い。気持ち悪いのだけれど、その人々は平和的な雰囲気で、もちろん何の悪気もなさそうだし、何の意図もなさそうだ。ちょっと実際の状況を書き記したい。

「今起きたんですか?ご飯食べましたか?」とサラリーマン風の中年おじさん。

「ご飯は食べましたよね?残酷な事は何を考えたのですか?」と女子中学生。

「争いごとの種類では何が一番好きかい?拳銃は好きかい?」とおばあちゃん。

「くじらと夕暮れは見た?何歳の時のくじらが生きていたんだい?」とおじいちゃん。

「浮き輪の破れている部分は塞がった?空気は抜けきった?」とおばさん。

「付録が楽しみという気持ちはありますか?」と男子高校生。

「後悔と失敗ならどちらが欲しいものですか?」と幼稚園児。

「いつ暗いなりますか?いつ明るいやめますか?」と赤ちゃん。

みんなが矢継ぎ早に僕に質問を投げかけてくる。支離滅裂な事を平然という不気味さとその年齢その性別のイメージとかけ離れた事を言ってくるのが特徴。何度経験しても驚いてしまうのが、赤ちゃん〜乳幼児が話しかけてくる時。むしろ怖い。

赤ちゃんに「檻を壊すか、壊さないか決めましたか?」と10回くらいロボットのように質問された事があるのだが、「何を聞かれているかわからないんだ」と答えても、質問をやめてくれなくて怖かった。その時は女子中学生が横から入ってきて「わたしは決めてません。でも壊すと思います。太陽を作りますか?」と質問に答えた後に質問を赤ちゃんに投げた。「太陽は20億個作ります。3兆個かもしれません。檻を壊すか、壊さないか決めましたか?」と質問に答えた後に質問を女子中学生に投げた。すると、さっきは決めないけど壊すっぽいと答えたはずなのに「わたしは壊さないと決めました。檻は壊しません。魚はどうしますか?」とか意味不明なやりとりが続きます。そんな夢の世界が不気味で不気味で。

でも慣れって怖いですね。最近は慣れてきたので、僕もルールに則って質問に答えて、質問をするようになりました。

意味不明だけど皆寛大

昨日は都市部の住宅街のバス停で目覚めた。そして降車してくる人々からいつものように質問された。僕も怖がりながらもコミュニケーションを頑張った。

幼稚園児「未来とフォークボールは似ていますか?」

僕「似ていません。これは夢ですか?」

幼稚園児「夢です。トウモロコシ畑は大きいですか?」

僕「わかりません。何故夢とわかったんですか?」

幼稚園児「余計な推察から判断しました。お金はどこですか?」

僕「お金は銀行です。余計な推察とは何ですか?」

幼稚園児「感覚の鈍い方で洞察しているという事です。感覚の鋭い方では思考すらいたしませんでした。鈍い方で十分に判断できる内容なのです。老人に感謝する必要性があるのですか?」

僕「あると思います。老人に感謝していないのですか?」

幼稚園児「ここ一週間で一切感謝していません。花は語りましたか?」

僕「語りません。花は何か知っているのですか?」

 

とここで不気味な事が起こります。「花は何か知っているのですか?」には幼稚園児だけではなく、近くにいる高齢者、中年、学生なども答えきました。そして質問攻め。

高齢者「すべて知っています。腹痛を放置しますか?」

中年「すべてを司っているに過ぎません。雲に到達するときにどうしますか?」

学生「すべての根本を知っています。ドーナツの角を食べるとして、どれくらいの時間をかけるつもりですか?」

こんな感じでどんどんコミュニケーションをとりました。